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停電の夜
ある日のこと。夕日でオレンジ色に染まったフェリー乗り場を眺めながらビールを飲み、ほろ酔いで部屋へ戻ると電気がつきませんでした。ブレーカーをチェックしても、電源スイッチをガチャガチャいわせてみてもどうにもなりません。なるほど停電だなと、フロントにいたホテルマンに尋ねてみると案の定その通りで、復旧までには30分ほどかかるのではないかとのこと。日が暮れていくに比例して部屋も薄暗くなっていったので、それなら食事にでも行ってみるかと、懐中電灯を持って外へと出かけることにしました。
ホテルを出てメインストリートに向かって歩いていくと、停電は我がホテルだけで起こっている出来事ではなく、どうやらこのあたり一体がそうであるということがわかりました。蝋燭を灯して食事をしている家庭や、自家発電で通常通りの生活を続けている家庭など。停電なんて日常茶飯事で珍しいことではないと言わんばかりに、慣れた様子でいつもの営みを継続させているようでした。
停電だからきっと静かに違いない。そんな風に思ったワタシの思惑は見事に外れ、メインストリートは相変わらず賑やかでした。むしろ、いつもより人が多いのではと感じたくらいでした。停電の日は家でおとなしくしている、なんてのはこちらの勝手な思いこみで、逆に停電だからこそ家にいたってしょうがないみたいな感じなのかもしれません。なんだか少し奇妙に思いながら、ワタシは暗いけれど賑やかなメインストリートをフェリー乗り場の方へと歩いていきました。
ワタシは「今夜もおいで!」で言われていた照り焼きチキンの定食屋さんへと向かっていました。店先で炭火を起こし、いつもチキンを焼いてる気が強いおばちゃん。その前を何度か通り過ぎたのが知り合いになったきっかけで、昨晩もそこで食事をしていました。そのおばちゃんの店も例外に漏れず停電中で、プラスチック製の低いテーブルには一本ずつ蝋燭の明かりが灯されていました。なにげに人気店らしく、停電の今夜もお客さんでいっぱい。いや、むしろ昨日より混んでいるように見えました。しっかりと下味を付けてから焼かれたチキンもおいしかったですし、スープもついて1万ドン(約80円)という安さもその人気の秘密かもしれません。とにかく、大繁盛といった様子でした。
さっさと食事を済ませたワタシは、次にフラン屋さんへと向かいました。こちらも昨晩顔を出した店で、夜になるとどこからともなく出てくるプリン屋台です。不思議なことにこちらのお店もまさかの大賑わいで、やっぱり同じように灯された蝋燭の頼りない明かりの下で、子供たちがテーブルを囲んでプリンを食べておりました。「昨日来たときは、人っ子ひとりいなかったのにな…」と不思議に思いながら、フラン屋の娘さんが昨日と同じようにカラメルをかけ持ち帰り用のプリンをパッキングしてくれている間、子供たちとじゃれ合ったりしました。
ワタシはプリンを片手にホテルへと戻る間、ひたすら考え続けました。町の様子は明らかに昨日とは違いました。電気がない、それだけではないこの違和感。週末でもないのにあからさまに外にいる人が多く、活気があるのです。照り焼きチキン屋やプリン屋だけでなく、おかゆ屋も大盛況。一体なんでだろうと考え続けた結果、いきなりピントと来ました。そう、今夜の停電は非日常、すなわち彼らにとってスペシャルな夜なのです。
思い起こせば子供の時分、ワタシが住んでいた東北の田舎町では、冬になると停電になるなんてことが多々ありました。おそらく雪の重みで電線が切れたりするのでしょう。決まってそんな日は父が待ってましたとばかりにランタンや蝋燭を灯すので、むしろ多少の不便よりも蝋燭をつけて一風変わった夜を過ごすというイベントが楽しみでしょうがなかったのです。
だからきっとあのプリンを食べていた少女たちにとっても、停電の夜は特別なのではなのではないでしょうか。「今日は停電だからプリン食べてきていい? ね、いいでしょう?」みたいなやりとりがあって、彼らはプリン屋台に集まってきているわけです。たぶん。
自分の立てた予想にワクワクしながら懐中電灯の明かりを頼りにフロントまでたどり着くと、当たり前だと言わんばかりにホテルマンに蝋燭を二本持たされました。停電はまだ続くらしく、それまで蝋燭で過ごせと言うのです。
ワタシはいそいそと3階にある部屋へと戻って蝋燭を灯すと、毎度のごとくベランダに出て椅子に座り、メコン川を眺めました。いつもはカラオケの爆音を避けるためにi-podでヘッドホン状態ですが、今夜は違います。耳障りなカラオケはなく、川沿いにあるレストランの明かりも消えていて、フェリー乗り場と対岸の村の小さな家、そして真っ黒な川の上に浮かんでいる船の明かりだけが灯っていました。いきなり訪れた静かな夜。それは予想外にワタシを喜ばせました。カラオケさえなければほぼ満点だと思っていたホテルに、神様からの贈り物のごとく静寂が訪れたのです。
右から左、左から右に進んでいくフェリーの明かり。手前から奥の島に向かって進んでいく小さなフェリーや、他にも小さな船が浮かんでいるのが見えます。ある意味単調なのに、まったくワタシを飽きさせないメコン川の風景がそこはあるのです。
ベランダの手すりに肘をついて、いつまでもそんな光景を眺め続けていると、突然階下のレストランから「キャーッ!」という黄色い声が上がりました。反射的にその声の方向を見やると、わざと鉢合わせをして驚かした男子店員がバシバシと女子に叩かれ、怒られているのが見えました。いたずら坊主風に逃げていく男子と、もうなんなのよぅと騒ぐ女子。なんかカワイイな、ふたりとも。
しばらくすると電力が回復したのか一斉に辺りが明るくなり、テレビから音声が流れ始め、それと同時にいたるところから「ワー!」という歓声が上がりました。時計を見てみると夜の8時過ぎ。レストランで働く若者たちも待ってましたとばかりに動きだし、ホテル全体が徐々に活気を取り戻していきました。と同時に、憎っくきカラオケもスタート。短い静寂の時は終わりを迎えたのでした。
こんなに楽しい夜なら明日も停電になっちゃえばいいのに。などと思いながら、再びヘッドホンを装着しつつ、もう一泊このホテルに泊まるかどうかについて頭を悩ませたりしたのでした。

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